「公衆衛生ねっと」 災害時の公衆衛生

島貫秀樹の支援活動 A

○初日(3月14日:被災4日目)

被災後初の新潟からのバスが出ることもあり、キャンセルまちをする。
朝5時にバスセンターへ。地元の新聞社の記者も現地へ行くとのことで、情報交換。
幸運にもキャンセルが出て、搭乗できることに。

12時30分。仙台一番町にバスが到着。
科学物質なのか、粉塵なのかマスクが必要な状況。目にも影響がでる。
その後歩いて、仙台市役所へ。今回の受け入れをした部署に行く。
エレベーター等は利用出来る状況。挨拶をして若林区役所へタクシーで移動。
ここから半日新潟日報のスタッフと行動することになる。

13時30分 若林区役所に入り、スタッフに挨拶。新潟より持参した、粉ミルク10缶を渡し、
現地の状況を確認し、沖野小学校へ。その途中、若林小学校でストマーの方の処置。


14時30分に現地の避難所に入り、2時間かけて全員に声をかけ、高齢者は血圧測定。
夕方になり、70代糖尿病の方が意識がおかしくなる。糖尿病治療中とのこと。
下痢・脱水による低血糖で意識混濁と考えられるがそれ以上の判断はできなく、救急搬送。
ガソリンがなくなり、一般車両が少なくなっている。
市内は県外の応援の救急車両があり、約10分で救急搬送完了。
翌日、治療を終了し、元気にもどってきました。前日、人を探しに歩き回ったとのこと。

夜は、毎日行政の事務職1人と学校のスタッフ2名が一緒に泊まっていましたので、
話をよく聞き課題の整理。

課題:支援者が被災者であり、すべてのことに関与しており、疲れている。
糖尿病が10名程度いた。配食内容によって低血糖をおこすことも考えられた。
流された方はインスリンがない状態一名

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